横浜ユネスコ協会公開平和セミナー
-負の遺産に思うこと-
特定非営利活動法人横浜ユネスコ協会
会長 髙岡 俊之
横浜ユネスコ協会では、連続平和セミナーの一環として、本年8月23日、かながわ県民センターにて、「負の遺産に思うこと」と題しアウシュビッツ強制収容所訪問を中心にナチスのホロコースト政策を概観する講演を行った。講演の内容は、以下のとおり。講演の概要を報告したい。
1 アウシュビッツ強制収容所
アウシュビッツ強制収容所は、ポーランドの旧都クラクフから、車で1時間20分ほどのオシフェンチムにある。収容所は第3収容所まであり、第2収容所がビルケナウ強制収容所。ヨーロッパ各地から収容者が移動できる要衝の地である。


2 ホロコーストの背景
ユダヤ人には、古来から何等かの形で迫害されてきた歴史があり、ナチスはさらに、アーリア人至上という幻想を実現するために反ユダヤ主義を打ち立て、これをヨーロッパ各地に伝搬させ、全ヨーロッパ規模で、ユダヤ人を排除する流れを作った。概要は以下のとおり。
(1)アーリア民族至上主義(社会ダーウィニズム・優越と排除)
(2)反ユダヤ主義-宗教的対立ではなく人種・民族的排除
(3)ユダヤ人陰謀論-国家救済のための命題-
(4)プロパガンダ(ラジオ・新聞・ポスター・イベント・学校教育)
(5)強力な指導者・国家への絶対的服従-指導者原理・反民主主義-
(6)汎ヨーロッパ的拡大
3 ホロコーストの制度的プロセス
ホロコーストは、排除→隔離→暴力という計画的・段階的プロセスを経て徐々に進めていった。いずれも、法制度の衣を装い、かつ、プロパガンダを巧みに取り入れつつ行われた。行程は以下のとおり。
(1) ナチス政権の成立(1933年)-全権委任法-
(2) ユダヤ人の公務追放と収入の剥奪
(3) ニュルンベルク法(1935年)-法による隔離-
(4) 空間的隔離(ゲットー)
(5) 水晶の夜(1938年)-暴力への転換点-
(6) ヴァンゼー会議-最終的解決-
4 参考文献
「ホロコースト全史」 マイケル・ベーレンバウム(創元社)
「夜と霧」 ヴィクトル・E・フランクル(みすず書房)
「これが人間か」 プリーモ・レーヴィ(朝日新聞出版)
「私はアウシュヴィッツと5つの収容所を生きのびナチスハンターと なった」 ヨセフ・レフコヴィチ(河出書房新社)
「アウシュビッツ収容所」 (ルドルフ・ヘス)(講談社学術文庫)
「私はガス室の「特殊任務」をしていた」
(シュロモ・ヴェネツイア)(河出文庫)

